FC2ブログ

Klagegrund

 「ErogameScape-エロゲー批評空間-」で作品を評価する場合、必ず点数をつけていますが、私にとって点数の決定は、いつだって悩ましい入力要素です。何が悩ましいのかというと、付けた点数の自分の中での正しさをいつまで経っても確信できないことです。実際、レビューは入力後文法上のミスやより的確な表現への転換等を除けば修正しませんし、その修正自体も見直す機会がなければしないのですが、それに比べると、点数の変更はしばしば行っています。もちろん、再プレイでもしない限り作品のレビュー内容自体が変わるわけではないので、大幅な変更はしません。その際には、作品のレビュー内容と点数とは切り離して考えています。

 点数の変更を行う主たる要因は、私が相対評価で点数を付けていることにあります。ここでいう相対評価は、例えば学校の成績を付けるにあたって教師が行う相対評価等とは違うものであることに留意する必要があります。学校の成績における相対評価は、試験の点数を中心とした一定の同条件下において、一斉に、かつ、相対的に評価するものですが、エロゲーに点数を付ける場合の相対評価は、作品をこなす毎に、作品同士を相対的に評価するものであり、評価するたびに相対する母体が変化しています。そこには、一定性が存在しません。51作品目を評価する場合は、50作品を相対する母体にしていますし、52作品目を評価する場合は、51作品を相対する母体にしているわけです。

 母体の数が増すことで、評価のブレは小さくなる傾向はありますが、完全にブレを排除することはできませんし、母体を構成している作品もまた、これから評価しようとしている作品との関係では、改めて相対評価されることとなるので、常にその位置付けが更新されることになります。この更新が、場合によっては点数の変更という形で具体化されることもあるというわけです。そして、常に点数についての評価が更新されるため、一作品を終える度に、プレイし終えた作品以外の点数についても、自分の中で正しい数値かどうか悩んでしまうのです。

 もとより、エロゲーの評価における「客観的に正しい点数」なんてものは存在しないので、ここでいう「自分の中で正しい数値」というのは、私にとって収まりの良い数値程度の意味しか持っていませんけれども、その点については私なりに追求しているところでもあります。なぜなら、点数はシンプルであるが故に恣意に流されがちで不確な評価でしかない一方で、各作品の私の中での位置付けを誰でも一見にして明白に認識できる唯一の形でもあるからです。

 最後に、私が相対評価を採用している理由ですが、絶対評価に比べて、ファジーに決定できるからです。要するに、絶対評価は作品の各要素・項目についてある程度明確な基準を持っていなければやりにくいのではないか、と私は思っていますが、相対評価は「あの作品よりは自分の中で大きな存在だが、この作品ほどではない」というファジーな理由で、他の作品との関係の中で点数を付けられる、と考えているということです。ただ、その代償として、評価全体もまたファジーになってしまい、結局のところ前述のように悩んでしまうのですから、果たしてこの評価の仕方で良いのか、という自問もまたあります。
スポンサーサイト