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Klagegrund

 「ErogameScape-エロゲー批評空間-」に登録されているユーザーの方の平均点を大雑把に見ても、65点から75点の間の人が多いようです。私の平均点も例に漏れず、その点数の間に収まっています。しかし、そのくらいの点数を平均点とすべきとの決まりが「ErogameScape-エロゲー批評空間-」にあるわけではありません。平均点について何らルールがあるわけではないのに、65点から75点の間に相当数の人が集まっているわけです。

 「ErogameScape-エロゲー批評空間-」での点数は0点から100点の間でつけられますので、「この作品の評価は、少なくとも自分のプレイした全作品中ちょうど真ん中である。ならば、0点から100点の間で真ん中なのは50点なので、この作品は50点だ。」という点数のつけ方(以下、点数方法)もありえますが、そういった方はおそらく少数でしょう。この点数方法は、点数たる数値にはあまり意味がありません。つけられる点数は常に固定されています。
 要するに、自分にとって最高だと思った作品が100点、反対に最低だと思った作品が0点になるというのを軸に、次につけられる点数は50点、その次につけられるのは33(34)点と66(67)点で、前に50点をつけられた作品は33(34)点か66(67)点にスライドするという形です。点数というよりは評価の位置づけの段階的割り振りですね。

 極めて形式的な点数方法で、基準も明確ではありますが、反面、位置づけを決める以外に点数についての裁量がありません。仮に自分が今までプレイした作品どれもが素晴らしい作品だと思っていても、必ず優劣をつけて、より劣った作品の一つに0点をつけなければなりません。逆もまた然りで、仮に自分が今までプレイした作品どれもが何かしら不満のある作品だったとしても、必ずより優れた作品の一つに100点をつけなければなりません。プレイ数が100作品を超えた場合、同点の作品の優劣をどうすべきかも問題になるかもしれません。
 結局、この点数方法がほとんどの方に採用されていないのは、「ErogameScape-エロゲー批評空間-」では、学校の定期試験とは異なり、まったく違うものを多角的に比較して評価して点数をつけていて、その比較は本来的にファジーであるにもかかわらず、あまりにも基準が明確すぎると不都合が多いということなのでしょう。

 少々脱線してしまいましたが、文頭の内容に戻ります。では、なぜ平均点が65点から75点になるような点数方法の方が多いのかというと、低い点数をつけるということそのものがあまり想定されていないからではないでしょうか。そこで働いているのは、仮にも作品という形で世に出ているものにあまりに低い点数をつけるのは心情的に憚られるというある種の配慮です。もし、この配慮があるのだとすれば、よほどの例外を除いて低い点数はつけられないことになり、自分にとって平均的だと思った作品に対する点数も、0点から100点の間の真ん中である50点から、つけることを想定されていない点数帯の分だけ上昇します。その上昇先がおおよそ20点ほどかさ上げした70点前後なのかなと考えるわけです。

 しかし、さも客観的にそういう判断が存在するかのように語っていますが、その考え方及び点数方法は、単に私自身の手法なのではないかという気もします。議論のない推測では、どうにも確信を得られません。ただ、私のつける点数について、少々付言しておきますと、平均点が満足したか否かの分水嶺になっているわけではありません。むしろ、不満足だったと明言できる作品は極わずかです。「特筆すべき点がなくても格別悪いわけではなかったならば、一応満足したといえるのではなかろうか」と捉えているからでしょうか、私の不満足ラインはかなり低いようです。
 エロゲー史に詳しいわけではありませんが、『ToHeart』や『ONE ~輝く季節へ~』といった作品の登場以降、学園(学校の意を含む、以下同)を主な舞台にした物語いわゆる「学園モノ」がエロゲーの主流となり、今に至っては最大派閥となったといっても過言ではないでしょう。

 学園モノが流行った理由については、察するに、一つは、およそ100%に近いプレイヤーが学園生活を送ったことがあり、どういう舞台なのか、どういうことが起こり得るのか等について、経験則上容易に理解可能であり、またさればこそ追体験も容易となるという点です。
 もう一つは、学園の性質上、様々な人物を集めやすい点です。エロゲーの構成上、そのほとんどがマルチヒロイン・マルチエンディング方式のアドベンチャーゲーム(以下、AVG)ですので、様々なタイプのヒロインを用意する必要がありますが、学園という舞台はそのニーズにピタリと当てはまるということです。さらに、定期的なイベント等を容易に準備できる点も学園モノのメリットに挙げられます。

 確かに、各プレイヤーはそれぞれに学園生活を経験しています。しかし、一言に「学園」といっても、まさに千差万別。同じ学園ということはなくはないでしょうが、それでもその数は多くないでしょう。つまり、各プレイヤーの経験した学園生活もまた千差万別なわけです。その上で、前述のような学園モノの多さを考えると、各プレイヤーがどのような学園生活を送ったか、あるいは、どのような学園であったかというのは、エロゲーをプレイし、ひいては感想・評価を述べる場合、重要なファクターの一つではないでしょうか。
 そこで、あくまで一例に過ぎませんが、私自身の経験した学園生活及び学園の成り立ち等を通じて、エロゲーに頻出の学園的要素について、表層的な部分だけですが、いくつか簡単に述べてみようと思います。なお、私の経験した学園生活及び学園の成り立ち等とは、大抵のエロゲーが想定している学園生活及び学園を指しています。妙な表現になってしまっているのは大人の事情によるものです。また、私の通っていた学園は共学でした。

 まず、学園モノに必須のものといえば、制服でしょう。エロゲーにおいても様々な制服があります。魅せるためのポイントとして、あるいは、容易に差異を設けられる点として、各メーカーもかなり重視している点かもしれません。
 ところが、私の通っていた学園には制服がありませんでした。服装については自由でしたね。何でもOKでした。授業中くらいは私服着用、ジャージ等禁止ということもありませんでした。野球部の生徒はユニフォームを着たまま授業を受けていましたし、私も何はなくとも楽な格好のジャージを着てることが多かったです。律儀に私服を着ている人の方が少なかったくらいです。望んで進学した学園でしたが、それとはまったく別に制服を羨ましがった記憶がありますね。
 ですので、今なお制服については良いものだというぼんやりとした思いがありますし、その意味で学園モノに対する印象も悪くありません。逆に、自分の身近にはなかったので、良し悪しの基準を持ってないということでしょうか、制服のデザイン自体にはこだわりがありませんね。制服であれば何でも良い、という感じです。

 そんな学園でしたので、学風もまた自由でした。茶髪はもちろんOKで、ピンク色や緑色の髪の人もいたくらいです。学園の出入りも自由で、昼休みに園外へ食事に行くこともできました。
 当然、風紀委員会なんて存在しませんでした。エロゲーにおける風紀委員会というのは、かなり大手を振っているように見受けられますが、その存在すら認知したことのない私には、まさに別世界の出来事のようで、とても新鮮に感じますね。
 生徒会についても私の通っていた学園ではかなり形式的な存在で、権力もなければ、格別のリスペクトもありませんでした。むしろ、どうにかして生徒会役員の成り手を探さないといけないような状況でした。エロゲーに登場する生徒会は強大な権力を持っていることが多いですが、それは行き過ぎだとしても、生徒会というのはそれなりに一目置かれる存在なのでしょうか。その辺はどうも実感がありませんね。
 その他では、学園のプリンセス的存在もいませんでしたし、ミスコンもありませんでした。

 簡単に概観しても、私の通っていた学園はエロゲーに登場する定型的な学園とはだいぶ異なっていたことがわかります。しかし、だからといって、エロゲーの世界がそもそもフィクションだということを差し引いても、「非現実的過ぎる」という否定的な評価に繋がるわけではありません。私は、自分がこれまで経験したものと異なるのであれば、それはそれとして「こういうものもあるのか」と丸ごと楽しめてしまえるタイプですので、全然気になりません。この点は、主人公についても同様で、私自身と異なる考え方の持ち主であっても、それはそれで楽しめます。感情移入の有無の問題とも関わるかもしれません。感情移入の有無等については、別の機会に触れたいと思います。
 作品の感想を書くにあたって、十分に考慮しなければいけないのが「ネタバレ」です。「ErogameScape-エロゲー批評空間-」においても、一言感想に対してはネタバレ投票の機能によって防止する方法がありますし、長文感想については入力者によってあらかじめネタバレがあることを明らかすることで防止する方法があります。もちろん、これらによって必ずネタバレを防げるわけではなく、ネタバレを防ぐのに最も有効なのは閲覧者の利用意識(究極的には事前に何も閲覧しなければネタバレも起こりえません)にあることは言うまでもないのですが、あらかじめシステムにネタバレ防止策を織り込んでおく必要があるくらいには、ネタバレの防止は意識されているということでもあります。

 ところで、ネタバレと一言にいっても、一体どこまでの内容を明らかにするとネタバレに該当するのかについては、明らかではありません。その理由は、作品の内容や性質、公式HPや雑誌等であらかじめ公開されている情報の中身や量、各プレイヤーのネタバレに対する考え方や警戒度の相違、といった要素が連関して、ネタバレの境界線が作品毎・プレイヤー毎に定められるからです。つまり、ネタバレとは十人十色であり一人十作品十色、極めて流動的・浮動的なものであるわけです。
 例えば、「面白かった」という何でもなさそうな一言でもネタバレになる可能性はあります。ある作品が面白いのかつまらないのかは作品の本質あるいは中核部分ともいえるわけで、「面白かった」か否かこそが最も重大なネタバレだ、と主張する人がいてもおかしくないと思います。ただ、おかしくないと思ってはいるのですが、そう主張している方を私は知りませんし、私も「面白かった」の一言をネタバレだとは主張しません。私の場合、「面白かった」ではネタバレというには具体性に欠けると判断しているからだと思います。要するに、面白いか否かという評価は、「ただそれだけ」では100%主観に依存しているものなので、自分には何ら影響がないと考えているということです。

 では、ネタバレが十人十色であり一人十作品十色だとすると、感想を書く側(以下、レビュアー)はネタバレに対してどう臨めば良いのでしょうか。ネタバレを防止することだけを考えるならば、「何も書かない」が満点回答でしょう。何も書かなければ、ネタバレする可能性はありません。しかし、ネタバレ防止に対しては満点回答だとしても、それは「何も書かない」だけでなく「何も書けない」ことをも意味するものであって、レビュアーの態度としては零点だと思います。

 ですので、レビュアーとしてはどこかでネタバレの境界線を引かざるを得ません。その際、「当該作品の一般的平均的なネタバレの境界線」を追究する必要はありませんが、「一般的平均的」というものをある程度意識した上で、自分なりに、かつ、慎重に判断すれば良いのではないでしょうか。重要なのは、最大限の配慮をもってレビューを書いたということです。そうであれば、自然と致命的なネタバレは避けられるものだと思います。

 ネタバレの判断にあたっての手がかりは、(大抵の方が思い当たるでしょうが、やはり)公式HPで公開されている情報でしょう。当該作品の製作者が万能の神ではありませんが(稀に、プレイ後に改めて閲覧すると「そこまで公開して良かったのかなぁ」と思うこともあります)、製作者として持ちうる作品の情報を総合衡量して公開しているであろうことは、一般的に期待しても良いと思いますし、公式HPで公開されている情報であればネタバレには該当しないという暗黙のコンセンサスがあるように私には見受けられます。おそらく、当該作品について知りたければまずそこを当たるであろうとされている公式HPで公開されている情報を、それ以外の場所でバラされたとしても、当該作品を意識している人にとって致命的な事態になることがほとんどなく、一方でネタバレを非常に警戒して公式HPすら閲覧しないような人は、レビューなどなおさら閲覧しないだろうから構わない、ということでしょう。私が判断する際にも、公式HPで公開されている情報を基礎に考えますね。

 ただ、私はあまり寛容な人間ではないので、当該作品の製作者に公式HP上でバラされてしまうのであれば諦めもしますが、「ErogameScape-エロゲー批評空間-」でネタバレに遭遇するような事態は受け入れ難いですね。それは、ネタバレをしてしまったレビュアーの方が悪いわけではなく(もちろん致命的なネタバレを一言感想で平然と行っているのであれば非難も容赦しませんが)、単純に私のプレイ前のスタンスです。可能な限り予断を排除したいのです。もちろん、詳しく調べれば、自分とは合わないであろう作品を選択せずに済む可能性が高まることは承知していますが、予断なくまっさらな状態で作品をプレイすることを優先しています。購入を検討する際の判断材料として、公式HPの閲覧は個人的に避けられないのと、作品の象徴たるタイトルの認識だけは事実上回避不可能ですので、この2点はやむなく許容しています。

 従って、レビュアーとしてネタバレに対してどう臨むのか、という前述の内容は、作品の購入を検討する際の判断材料として「ErogameScape-エロゲー批評空間-」のような場所に入力されている情報をも閲覧している方がいることを前提にしています。とはいえ、私のようにネタバレに対して極度の防衛体制をとろうとするスタンスの人の方が少数だろうと思いますが、ErogameScape-エロゲー批評空間-」のような場所に入力されている情報を作品のプレイ前に閲覧する方が1人でもいる以上、そのような前提を踏まえるまでもなく、ネタバレに対する配慮が求められることは変わらないでしょう。
 前エントリーにおいて、私は自分のレビューを書く前に他の方が書いたレビューに目を通す旨を述べました。そして、最後に、それ以外に「私がレビューを書く前にしている最も重要な行為がある」ことにも触れましたので、そこから続けようと思います。

 「私がレビューを書く前にしている最も重要な行為」とは、過去に自分が書いたレビューを見る、ということです。もちろん、「自分は良いレビュー書いてるなぁ」とニヤニヤするために見るわけではありません。「よくもまぁそこまで言えたもんだ」と呆れたり、「本当にそれは自分の中でも正しいと確信できたことなのか」と改めて懐疑的になることの方が多いくらいですので、むしろずっとは向き合っていたくない類のものです。
 ですが、そういった思いはとりあえず抑えて、ある程度の数のレビューをピックアップして丹念に読み返します。違う作品のレビューですから、これから書こうとする作品の内容と関連することはありませんが、これから書こうとする作品のレビューには関連します。そして、そこには私にとって2つの意味があります。

 1つ目は、自分が過去にどのような形式でもってレビューを書いたのかを確認することです。どのような論調だったか、どのような点に触れたか、どのような評価をしたのか、文章の前後をきちんと接続できていたか、できていなかったのであればどうしてできなかったのか、等について改めてチェックして、これから書こうとしているレビューをより良くするためのフィードバックを図るためです。これは、レビューの内容の是非を問うのではなく、レビューの内容がきちんと伝わるような体裁になっているかどうかを問うものです。

 2つ目は、自分はその時どのようなことを考え、何故そのような内容を書いたのか、を確認することです。私は物覚えが悪く、かつて自分が何を考えていたのかについて、記憶が定かでないことが往々にしてあります。しかし、何をするにしてもそうですが、過去からの積み上げというのは大事で、自分が一度でもしたことのあること、あるいは、考えたことのあることについて、再度同じことをするのは、反復が重要であることは言うまでもないとしても、それだけではさらなる洗練には繋がらないように思います。
 ならばどうするのかというと、考えたことについてであれば、メモをしておけば良いということになり、それが具体的なものと結びついていれば、より喚起しやすくなります。この場での筋に沿って言えば、要するに自分の過去にプレイした作品という具体的なものと結びつけたレビューという名のメモをとっておけば良い、ということになります。

 そして、この2つ目こそが、「作品を評価すること以外のレビューを書くことの私なりの意味」です。作品の評価をレビューという形でしているものの、一方でそのレビューは私にとって考えたことの備忘録にもなっているのです。備忘録としての機能は「その時」に書いておかなければ果たせませんので、その限りで前エントリーで述べた「とりあえず書いておきたいという事情」に当てはまります。

 このような意図を持ってレビューを書き始めたのは、「ErogameScape-エロゲー批評空間-」においてID取得後相当程度経過してからです。ですので、ID取得当初の頃のレビューは何も考えずに書いていたのがバレバレな内容で、未だに直視するのがつらく、苦々しい出来です。リライトするには再プレイが不可欠だと考えていますので、その機会はほぼないだろうと思いますし、一方で、消すことならば簡単ですけれども、そういう至らぬ点も自分の構成要素であると考えると、削除は自己表現の形として恣意的に過ぎるかなとも思い、結局そのままにしているというのが現状ですね。
 レビュー対象である作品について他の方が書いたレビューを読んでから、自分のレビューを書くという人はいるでしょう(以下、前者)。逆に、一切他のレビューに目を通さず、レビューを書くという人もいるでしょう(以下、後者)。

 前者の主なメリットは、他のレビューに接することで、自分の思ったことや考えたこととの違いや距離を事前に知ることで、自分がこれから書こうとするレビューへの何らかのフィードバックを図れる点にあります。意識的に違いを出すこと、あるいは、別の見方を提示することがしやすくなります。せっかくレビューを書こうというのであれば、程度はあれども、独自性を出そうと考えるのは自然だと思います。

 一方、デメリットも考えられます。主として、独自性を出そうと他の方のレビューを読んだ結果、似たようなレビューになってしまうという点です。丸写しなどは論外ですが、他の方のレビューに影響を受けてしまった場合(特に否定的な意味はありません)、あるいは、自分の思っていたことや考えていたことに近似しているような場合は、似たようなレビューになってしまうこともやむを得ないし、また似たようなレビューが必ずしもいけないわけでもないとも言えるので、結局のところ程度問題ではあります。ただ、独自性への指向は絶たれてしまうことになり、その意味ではデメリットにあたると言えるでしょう。

 そして、後者の主なメリット・デメリットは、前者と表裏一体の関係であることから、前者のメリットは後者ではなしえないという意味でデメリットに、前者のデメリットは後者では防止できるという意味でメリットになります。

 さて、私はというと、必ずではないのですが、大抵の場合、自分のレビューを書く前に他の方のレビューを「ErogameScape-エロゲー批評空間-」で一応拝見します。その理由は、自分の見解を書くにしても、他の方の見解も踏まえた上で書いたレビューにも先んじた独自性とは別の独自性があるのだからデメリットにさほど遠慮する必要はないし、何より、他の方の見解に無配慮なレビューにすべきでない、と思っているからです。ここでいう先んじた独自性とは、自分のレビューより先行してなされたレビューの独自性一切を指します。殊、まだ誰もレビューしていない作品についてなされたレビューの独自性については、進取性と言っても良いかもしれません。後発のレビューとして先発されたレビューへの敬意は欠かすべからず、と考えています。

 ただ、全文きっちり拝読するというよりは、ざっと目を通す程度に留めてはいます。これは単純に私の都合で、色々と他の方のレビューを読んでしまうことで、全体として満足してしまい、レビューを書こうとする意欲を削いでしまうことがあるからです。削がれる程度の意欲だった、と言ってしまえばそれまでですが、作品を評価すること以外にもレビューを書くことの意味を私なりに持っていますので、とりあえず書いておきたいという事情も実はあります。「作品を評価すること以外のレビューを書くことの私なりの意味」については、今回述べた内容、すなわち他の方のレビューを拝見することの他に、「私がレビューを書く前にしている最も重要な行為があって、それは何か」ということと合わせて次エントリーで触れたいと思います。

 なお、次エントリーにまわすのは、1エントリーをそんなに長くしたくないという私の精神的な都合と、長々と書くのはなんだか疲れるという私の体力的な都合によるものです。